寺の風景 |
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文化文政期に再建された本堂などの老朽化が著しかったため、1996年に寺全体が改築されました。そのため、寺全体が新しい印象を受けますが、歴史自体はかなり長いものをもっています。当時の面影を残しているのは近松門左衛門の代表作「心中宵庚申」のモデルとなったお千代・半兵衛の墓ぐらいしかありませんが。
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お千代・半兵衛の墓 |
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小さなお堂に守られるように、境内の片隅に墓があります。お千代の父平右衛門が3人(当時お千代は身ごもっていました)の非業の死を悼み、菩提寺であるこの寺に墓を立て、永代供養を行ったとのことです。大事に今も守られている様子から、当時の悲しみが伝わってくるかのようです。
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- 歴史沿革
- 8世紀中ごろ行基が山城国の布施屋として創建
- 「心中宵庚申」
- 浄瑠璃作家近松門左衛門晩年の代表作。1721年4月6日未明に大阪で実在した心中事件を元に書き上げられた。
上田村(現在の精華町植田)の庄屋の娘お千代は大阪の八百屋の養子半兵衛と夫婦になるが、姑と折り合いが合わず、離縁を言い渡される。養母への孝行心と妻への愛情の板ばさみになった半兵衛は、帝釈天の縁日でにぎわう大阪生国魂神社の境内で身重(5ヶ月)のお千代と夫婦心中した。
- 交通
- 近鉄京都線新祝園駅・JR学研都市線祝園駅より徒歩10分
- 拝観料
- 無料
- 見どころ
- お千代・半兵衛の墓
- おみやげ
- 特になし。周辺に店などもありません。
- 実際に訪れて
- 寺は新しく、歴史などと言ったものはほとんど感じさせてくれませんが、お千代・半兵衛の墓はその由来が側に書いてある札があることからも、なんともいえない悲しみを誘います。
- おすすめ度
- ☆☆
「心中宵庚申」の話に興味を持たれた方は、是非一度訪れて、お墓に手を合わせてあげるのが、今は一番の供養だと思います。「心中宵庚申」の話を知らない方も観光としてではなく、供養として訪れるのがいいと思います。
- こんな方におすすめ!
- 近松門左衛門の心中物に興味を持っている方
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京都の南行くならここ!
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